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2008年 01月 10日
森に沈む
隣の人の咳払いで、私は自分が風邪をひいたことを知った。

「またハズレくじだ」そう思った。

電車はまた知らない駅を通り過ぎる。

この町に着て二ヶ月が経つが
知らない町を彷徨っている感覚が消えない。
気のせいでは済まされない所在のなさが
夕暮れ時の心に沁み入る。

「みんな風邪をひいてしまえばいいのに」
もう一度、今度は呟いてしまう。
「みんなみんな風邪をひいてしまえばいいのに」

さっき咳払いをした人だけが気付いて不信な顔をしてる。
私は同じくらい小さな声で「すみません」と呪文の様に唱える。
よく見るとその人の右耳にはイヤフォンが入っていて
私の黒魔法も、それを癒す白魔法も聞こえていないのだろう。
口元が緩んで軽く会釈された。

あの男に引っ掛かったのが運の尽きだったのだ。
と思うことにしている。
愚痴を聞けない男。 相談を聞けない男。
いつもなんとなく笑って、
笑っていると思うとなんとなく怒って。
頼りに出来ない男。

何を考えているのか分からない男、と言うか
きっと何も考えていないであろうその男のことが
私は好きだったのだ。

喉仏の近くでエヘン虫が遊び始めた。
私は森の中の一本の木になったつもりで目を閉じる。
夜の森には光が射し込んでいる。
月明かりだ。
月は星の光を奪っている。
そうやって集めた光で森を照らしている。

運の尽き。

森に沈む、夜は長い。
少しだけ目を開いて、眩しさに驚いた。

by pyonjet | 2008-01-10 19:56 | [day of life]


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